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![]() 15年振りくらいに「徹子の部屋」をみたらゲストが沢木耕太郎だった。 ほとんどテレビにでない人なのになんという幸運だろうか。 番組の中で氏は、ブラジルの森林で遭遇した飛行機墜落事故についてにこにこしながら淡々と話していた。すごいね。 「深夜特急」で多くの人に名が知られるところとなった氏であるが、ぼくはどちらかというと檀一雄や輪島功一などの特定人物を題材としたルポルタージュ作品が好きだ。 ノン・フィクションとルポルタージュの違いは、前者がストーリーテーリングの意味合いが強いのに対して後者は記録・報告という意味合いが強いそうである。 文章表現に趣向を凝らしたり装飾を施したりするでなく得られた事実を正確に記述していく方法だ。 しかしながら言葉を慎重に選び文章を紡いでいく作業を通して筆者の気持ちや人間性が垣間見え、徐々に(筆者の)人物像が浮かび上がって来る。ヒューマンがある。その感じが好きだ。結果、こころに残るものも大きい。 これはガルシア・マルケスのルポルタージュ作品にも大いに感じるもので、 マルケスの場合は小説においてもルポルタージュ形式を導入している。 真実と虚構の領域がごっちゃになっているのがたまらない。 番組の中で登山家の山野井夫婦を追った、「凍」というルポルタージュ作品の新刊の紹介があったので図書館で借りて読んでみた。 数々の高峰に挑み失敗や成功を繰り返してきた彼等はヒマラヤの高峰でありながら8000mにわずかに満たないためクライマーに無視されがちなギャチュンカンという山に挑む。 結局彼等は登頂に失敗して下山中に雪崩に巻き込まれ遭難するが何とか生還する。 簡単に言ってしまえば「凍」は登山家夫婦がある山に挑み失敗し生還するまでの(本当はもうちょっと続くんだけどね)記録なのだが、ひとつひとつの場面を想像するに気が遠くなる。 そしてその気が遠くなる状況を打破していく強靭な精神力に感服してしまうのである。 沢木氏の手腕によるところももちろん大きいのだが、これといった登山の経験のないぼくがこの本に強いリアリティを感じたのはネパール滞在時に同じホテルに宿泊していた登山家のイワイさんのことを思い出したからだ。 ぼくが滞在したカトマンドゥのホテルはにぎやかな通りから少し離れた住宅街の中にあってそれほど宣伝はしていない様なのだが、ヒマラヤ登山をもくろむクライマーが何人か滞在していたり、登山道具置き場として年間を通して部屋を押さえてる人もいたりとクライマー御用達の宿だったようだ。 イワイさんもそんなクライマーの1人だったのだが、小柄でまるっこい体格に人なつっこい性格からはそれが想像出来なかった。 登山のタイミングは季節や天候その他のいろいろな要素に左右されるので現地入りしてからすぐに山に登れる訳ではないらしい。 イワイさんもしばらくは登る予定が無く、ぼくはといえば大学時代の友人が家族でヒマラヤトレッキングをしにカトマンドゥにくるというので是非会おうということになり、彼等が来る日まではここに滞在することに決めていたのだった。 友人と連絡を取ったのは日本を発つ前の事で、自分の中では彼と会うことを旅の一つの目標にしていた。だから旅の行程もこの日(12月20日くらい)にカトマンドゥに着くようにと組んだのだった。 結果10月にカルカッタに入ってからは南に下らず北インドの山岳地帯を中心に旅をした。寒いのが嫌いなぼくが寒い時期に寒いヒマラヤの麓でうろうろしていたのである。 カトマンドゥにはなぜか予定よりもずいぶんと早く12月のはじめに到着してしまった。 そしてぼくはイワイさんと出会い、20日間の長きにわたり楽しい時間を過ごさせてもらった。 折りに触れてイワイさんは登山にまつわる色々な話をしてくれた。 てっぺん取り合戦が終わってしまった現在、クライマーの意識はどういうルートでどういう方法でその山を攻略するかという方向にシフトしている。 極端なはなし今は金をだせばだれでもエベレスト登頂が可能だという。 一方、体調や天候にもよるだろうが、登山経験者のパーティーがエベレストのベースキャンプを目指した場合たどりつけるのは5人に2人で、高山病にやられてしまう者も少なくないという。 高山病の自覚症状がないまま不信な言動がみられる場合は仲間が登山可能か否かの判断をしなくてはならない。 生存に関わる判断の違いからパーティー内に不信感が生まれたり仲間割れが起こったりもするだろう。 話を聞くにつけ登山とはなんて過酷なものなんだろうと思ったのだが、イワイさんは無事生還することを登山の信条としているとぼくに語ってくれた。 そんなことは当然だと当時のぼくは思った。 だけどそれから何年もの月日が過ぎ<死>というものが以前より少し身近なものになってくると、生き延ばすことよりもたとえ死んでしまっても自分の魂が進むべき方を向いているかということの方が重要ではないか、それがより生きるということではないのか、とも思えて来る。 だからクライマーがたとえ命果てようとも頂上をめざすという気持ちも分からないではない。 だけど次のチャンスはないかもしれないという状況で前人未踏の頂きを目前にして生還するために引き返す、これも勇気のある決断だ。 イワイさんは友人や家族のためにそんな勇気を持つことを信条としているのだ。 華やかな実績がなく登頂失敗を繰り返し続けていても(イワイさんの実績については知らないけれど)自分の魂が山に向いているという自信があっての発言だったのだと今は思うのだ。 沢木耕太郎は山での極限的な状況を「凍」という言葉で端的に表現した。 ぼくも寒がりの山岳地帯紀行ということで「ぶーるぶる」シリーズを展開して行こうと思う。ぶーるぶる。 ![]()
by amadylan
| 2006-02-20 19:05
| 旅(回想録)
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