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![]() 「おれは孤独が好きなのさ」なんて風来坊を気取って旅に出るとすぐにさみしくなってしまう。 辺りを見渡すと同じく風来坊を気取ってはいるが人恋しさを隠しきれない同胞がここにも1人、あそこにも1人。 そんな人間が自然と寄り集まって、互いのスケジュールやライフスタイルを少しずつ調整して集団行動しながら旅を続ける。 部屋やタクシーをシェアーすれば出費は少なくて済むし、中華料理はいろんな種類が食べられる。なんといっても同胞と一緒だと心強い。 と、最初はそんなこんなでみんなできゃあきゃあしながら旅は続くんだけど、、、 やがて「この店は高い。ぼったくりだ。」「せっかく物価が安いんだからどーんといこうよ。」と各々が自己主張をしはじめる。 この場合は「じゃあ間をとってこの飯屋で。」と、まあ皆納得するんだけど、 「ぼくは山ルートを進みたい。」「わたしは海ルートがいいわ。」という場合に「じゃあ間をとって平地を進みましょう。」てすると、平等に固執したが故に一行は誰もが望まない方向に進んで行く事になる。 こうなるともう心に放浪の風なぞ吹くわけなく何のインスピレーションも感じられない。そうして僕らはいがみ合い、ののしり合い離ればなれになっていく。 、、、というケースもあるだろう。 自分はというと宿やタクシーや食事を一緒にして「じゃ、縁があったらまたどこかで。」とゆるい関係でくっついたり離れたりするというのが楽で気持ちもしゅっとするので、同じスタンスの人達と出会いと別れを繰り返しながら旅をしてた。 ※でも中央アジア〜トルコ間をずっと一緒に旅した人がいる。道中、お互いずっと楽しかった訳では決してないが、1人だったら途方に暮れていた場面がいくつも想像出来る。 感謝してます。また別の機会に書かせてもらおう。 だから当然ひとりでいる時間も長い訳で不安だったり退屈だったりする訳で、そんなときに一冊の文庫本が最高の旅の供となる。 そして出合った人達と握手あるいはハグをかわし別れの際に本を交換する。 たとえその本が日本にいる時は自分が読まなそうな、悩み相談、料理レシピ、ゼクシィ、風水、超常現象、占い、宗教、国粋主義もの、政治経済、こういう人は成功するもの、たまごクラブ、ひよこクラブ、資本論、赤川次郎、シェイクスピア戯曲、などなどでもよろこんでそれを受け取るさ。 それほどに異国で活字を読むのはうれしいものなのだ。砂漠に水が吸い込まれる様に内容がしゅんしゅん頭の中に入っていく。 とりわけ日本的なものが恋しく感じるので、日本にいるときはあまり興味なかった大江健三郎とか安部公房、夏目漱石は本当に面白く、つくづく読書ってのは娯楽だなと再認識したのだ。 旅の間はフットワークを軽くするために荷物をなるべく軽くしたい。 自分の場合は、あまり着替えを持たない、おみやげ買わない、などの工夫で軽量化を図るのだが、魂を武装するためのギターや将棋盤やウォークマン、そして本などで荷物が結局重量化してしまう。情けない事である。 だから本はやっぱり文庫本がいいね。カバーもいらない。 軽いし、曲がるし、かさばらない。 「前回エントリで装幀についてとくとくと語ったのは一体なんなのですか?」とあなたは問うかもしれない。でも矛盾しないのだ。 前回は装幀を文章の背後に流れる音楽的あるいは風景的なものとしてとらえて論じてたと思う。 今回は旅という<時空>が文章の背後に流れる音楽的あるいは風景的なものであるということを言いたかったのだ。 そして、それが文章に作用する力があまりにも大きいので、自分が歩んでいる知の道にあって、普段は気にも留めない曲がり角をちょっと進んでみちゃったりすることさえあるのだ。
by amadylan
| 2005-10-31 00:58
| 雑記
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