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![]() カザフスタン・キルギスでずっと孤独だったので、タシケントのホテルで久々に日本語の会話を楽しんだ。 東西南北に向かう人達がそれぞれの現地情報を交換しあうのだけれど、皆の話を聞けば聞く程、不安&懸念材料が頭の中で膨らみあがる。 当初ぼくはウズベキスタンからカザフスタン次いで中国に戻るというそんなルートを考えていた。 しかし西から東に向かうルートはビザの所得の関係ですごく旅しづらいということが情報交換をするなかで判明。 今まで来た道を戻るのも味気ない。 それならば、、、このまま西へと進みトルコまで抜けてしまおう! と、アジアのど真ん中で大規模なルート変更を思いついたのだった。 押し寄せる新たなる不安と高揚感。 旅をしているな、という実感が湧く。 この日本人の集団の中でこれからサマルカンドに向かう人が二人いて、1人が前回投稿で軽く紹介したモリ君、今1人は大学生のO君。 意気投合というよりは3人だと心強いというところで、一緒に遺跡巡りをしようということになった。 タシケントはウズベキスタンの東に位置する。 西に進むと順にサマルカンド、ブハラ、ヒヴァとティムール王朝時代の建造物が残る街があるので、この3都市を訪れようということになった。 サマルカンドに向かう前に隣国トルクメニスタンの領事館にビザの申請に行く。2週間後にビザを取りに来いとのこと。 続いてまとまった額のドルをソムに両替する。 何故だか、とある商店が銀行よりも良いレートで換金をしてくれる。 いわゆる闇両替なのだけど、全然闇っぽくないぞ。 地方都市でも両替はできるがレートが少しさがるし面倒くさいので一気に150ドルを最高紙幣200ソムに換金したところ高さ50センチくらいの札束になってしまいびびりまくる。 ビニールに入れてリュックに突っ込むともうパンパン、どうすんだこれ。 少し換金しすぎた様なので同じホテルの日本人にソムをドルと換金してもらい、札束の高さは35センチくらいまでになりリュックにもなんとか収まったが、身代金を持ち歩いている様で落ち着きませんがな。 いよいよサマルカンドに向かう。 タシケントは巨大な街だったがバスで30分も走ると、草木は生えているがほとんど砂漠地帯だ。 ブハラ、ヒヴァもオアシスを中心に発展した街で遺跡巡りの主要都市を結ぶ道路はほとんどが砂漠地帯だった。 乾燥した空気に雲一つない青空、強い日差し。 サマルカンドは黄土色の街だった。 シルクルードの中継地点として交易で栄えたのが遠い過去のことであることを再認識してしまうほどにひっそりとしている。 それでも旧市街に散在するモスクやミナレットはどれも青を基調としたタイル模様が美しく、何よりもその巨大さにも驚いてしまった。 そして、旅のハイライトと決めていた場所にたどり着いたという喜びが自分の内側からふつふつとわき起こった。 サマルカンドの目玉レギスタン広場は絨毯その他の土産を売る人、遊ぶ子供達の他はほとんどローカルの人がいない。 ソ連が消滅してから10年目の当時、観光業も今ひとつ発展していないのかツーリストもあまりみかけない。 これほどのすばらしい建造物群なのに人がまばらなので、なんか贅沢な感じだ。 現在はどうなってるのかな? 中国北西部から中央アジア、コーカサスとずっと羊肉中心の料理だと以前書いたが、ウズベキスタンではラグマンと呼ばれる羊うどんが有名だ。 ぼくたち3人もよく食べた。 o君とは一週間ほど行動を共にしたが、その間彼はラグマン以外の食べ物を口にしなかったように思う。 ウェイターの目を真っすぐに見据え自分の名を名乗る様に「ラグマン!」と発声する彼の顔に、食べ物の選択の余地がないことに対する憤怒の形相が読み取れた。 たしかに大衆食堂では食べ物の種類は少なく、野菜はキュウリとトマトそれと香菜くらいだったような、、、 それでも特筆すべきこともある。パンが旨い。 おそらく鉄釜か石釜で焼いていると思うのだけれど、両手に収まるくらいの大きな丸パンはずっしりと重い。 表面は固くて噛むのにあごの力を要するが、噛んでいくうちにシンプルな小麦と塩の旨味がじわじわと口のなかに広がる。 屋台でモーニングセットみたいなのを頼んだらこのパンと骨付き羊肉のスープが出て来た。 朝っぱらから羊の臭いにげんなりしたけれど、ちょっと固めのパンをスープに浸して食べるとなんとも言えず美味かった。 ![]() ![]() ![]()
by amadylan
| 2010-10-02 03:54
| 旅(回想録)
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