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![]() 日が完全にのぼったのでホテルに引き返した。まだ時間があると思っていたら、すでに乗り合いバスが待っていてムスタファが早く来いと手招きをしていた。 このバスを逃すと2日間ホテルに釘付けになってしまう。急いで荷物をまとめるとバスに乗り込んだ。 「バス代はおれが立て替えといたから。」とムスタファが言った。またかと思う。実際にいくらかかったかわからないので言われた金額を払うしかない。 その日もムスタファは道中、何件かのみやげ屋に立ち寄った。前日の夜にかなりの勇気を用して話したことは全く意に介していないようだ。 だけどこの日は決して何も買わなかった。意地でも買うもんかと思ったのだ。 そしてようやくエルラシディアに到着。ここでムスタファと別れる事もできたが「ここまできたのならいっその事こっちから飛び込んでやれ」と変な気持ちが働き、君の家を見てみたいと申し出た。 ムスタファは不思議な顔をしたが「構わない」というので彼の家へ向かった。 ムスタファの家もイブライムとおなじ様なつくりだった。家には彼の母がいた。彼に家族がいるというのが不思議だった。 彼の本職はよくわからないが注文を受けリュートを作っている。彼の部屋にはリュートが5〜6本あった。さらに部屋にあった写実画(複数イスラム衣装に身をまとった男達が、馬に乗って走っている)をぼくに見せて、この絵は自分が描いたのだと言った。 好きな絵ではなかったが、かなりのテクニックを習得しているなと思った。変なやつ。 その後近くのきれいな貯水池まで二人乗りでモト(小型バイク)を走らせてくれた。 しかしパワーがないのでのぼり坂になると「足で地面を蹴ろ!」と言われたり、エンストばかりするので路上でプラグを何度か磨いたりと決して快適ではなかった。 でも道中の景色や案内された貯水池はきれいだったな。帰りにはカフェでおごってもらうが、まあこのぐらいして当然だろう。 再び彼の家に戻り荷物を持って帰ろうとしたら、記念に君のその寝袋が欲しいと言い出した。 これは旅のあいだ必要になるかも知れないからあげられないと断ったが、「お前はこのあと野宿することもないのだから必要ないじゃないか、砂漠を旅する者はこれがあると本当に助かるんだ。しかしこの町でこれは手に入らない。お前は日本に帰ったら簡単に手に入れられるんだろう。おれはお前のために今日いろいろまわってあげたじゃないか。」と不条理な要求の上に彼流の理論を展開していく。 いまや彼はクールな砂漠のダンディではなく、単なるだだっ子だった。 たしかに寝袋はいまのところそんなに活用はしていなかったし、新しい物でもない。今回のサハラの旅では不愉快な思いもたくさんしたが、彼がいた事でスムーズに目的地までたどり着けたことも確かだ。 トータルでかかった費用も現地ツアーを組んだ料金よりは安く上がったと思う。ホテル代と食費は宿屋のおやじに明細書を見せてもらったがまあこんなものだろうと思った。 と、こんな甘い考えだから彼につけ入れられてしまうのだ。結局、小さなリュートを作って日本に送ってもらう約束で寝袋をあげちゃった。 目的がかなうと彼は急ににこやかになった。そして、彼は再びモトでイブライムの家までぼくを乗せて最後は白々しく、でも固く、手をにぎりあって別れたのだった。 その日はまたイブライムの家に泊めてもらう約束になっていた。サハラはどうだったと聞かれ、「すばらしかった。」とぼくは答えた。 今度はどういう交通機関でどういうルートで行ったのかと聞くので、正直に答えるとなんで安い方法を教えてあげたのにぼくの言う通りにしなかったんだ。と責められた。 そして泊まったホテルもイブライムの教えてくれたものではなかったことがこの時に判明した。 今度は各々にいくらかかったかを聞かれたので、わかっている範囲でこたえると、「ここはもっと安いんだ。」「君は乗り合いバスで何倍もの金を払っているぞ。」と怒りだした。 「だって君が彼を紹介したんじゃないか。」というと彼は「ぼくのせいで君に損をさせてしまった。」と自分自身に腹を立てているようだった。 旅行者を厚くもてなすことに使命感を燃やす彼はプライドが傷付いたのだろう。だからラクダツアーの料金に至っては怖くてとても話せなかった。なんでこっちが気を使うのかって。 そして、そんなに怒るならムスタファに文句を言ってくれないかというと、同胞だからそれはできないと言う。旅行者の肩を持つ訳にはいかないのだと。それはそうだなと思った。 その後タンジールに戻る道中イブライムと一緒にイミルシルとティネリールという村に立ち寄ったがそのことはいずれ機会があったら書きたいと思う。 今こうして8年前のことを書いているわけだが、ムスタファになぜ腹を立てていたかというと、かすめとられた金額よりも、むしろ自分がマヌケに思われていたという気持ちがそうさせたのだと思う。「ばかな日本人が相場の10倍の金額をだしやがった!」などと、、、 でも定価というものが存在せずふっかけるのが当たり前の世界で、いつもより金が入ったとかそうじゃなかったとかで、いちいち彼は一喜一憂していなかったのではないか、と今は思うのである。金が入った時はただただアッラーに感謝していたのではないかと。 すべてがローカルの人と同じ値段じゃなくても別に構わない、騙されたのも笑いばなしにしてしまえ、という心の余裕があの時にあったらもっと楽しく旅ができたかもしれないなと思うことがある。 騙されたのか、そうではなかったのかというのはこちらの心の持ちようなのだ。 ムスタファはぼくの心を映す砂漠の化身だったのだ、と記憶が薄まってきた今では美化できるのだが、モロッコからスペインに戻った際に、寝袋がないがために悲惨な目に会いムスタファを激しく呪ったことは決して忘れないだろう。(完) ![]() リュートまだ届いてませんよ
by amadylan
| 2005-04-15 19:17
| 旅(回想録)
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