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![]() 絵画教室のカテゴリがかなり充実してきたのでそろそろ雑記の方を書いていこうではないか。 何をかいていいやら分からないので、最近描いた絵から喚起される文章を書いていこう。 文章に添える絵がイラストだとすると絵に添える文章はなんというのかな。 東京にいた学生時代は小説に映画に音楽となんでも吸収してやろうというそんな時期。とりわけ難解なフランス映画などをわかるってのがかっこいいと思ってた。 これはぼくに限らずそういう年齢だったということだろう。 でも「きっとここがかっこいいんだ」と左脳を使って考えている時点で映画の楽しみ方を全くわかってなかったな。 その頃のぼくにとって難解な音楽というとジャズだった。 ただただ長くて退屈としか感じなかったが、好きな作家のエッセイに出て来るジャズ評が興味深かったり、レコードジャケットがかっこ良かったりするのでジャズの良さを理解したいという気持ちがあった。 BGMとして流して聴くのではなく、ジャズ通がジャズ喫茶でコルトレーンを一音たりとも聴き漏らすまいとしたそんな聴き方にあこがれたのだ。 同じクラスのチダ君がジャズに精通しているというので、それまでとくに仲良かったという訳ではなかったが、手ほどきを受けに彼の4畳半アパートに遊びにいった。 部屋にあがると彼は「よく来てくれたよう。」と言ってコーヒー豆をゴリゴリと挽きはじめた。うーむ、できるな。 予想はしていたけれど部屋には相当な数のジャズの音源があった。 なにから手をつけていいのかわからないのでチダ君に好きなレコードをかけてもらった。コーヒーをすすりながらボーっとしているとぼくの喰いつきが悪いと思うのか次から次へと新しい曲をかけてくれた。 「キース・ジャレットのメロディーはすごくいいのにピアノを弾いてるとき全然曲と合ってない鼻歌をうたうから自分で演奏を台無しにしてるんだ。」と言ってディ・ディ・ディーなんて首の筋をひきつらせながら歌まねしたり、「エディ・ゴメスのベースはあまり好きじゃないね、音がつぶつぶすぎるもの。」などとチダ君は懇切丁寧にレクチャーをしてくれた。 そして彼の気に入っているフレーズが流れ出すと「ここがいいんだ!プヒュルリピヒー!くぅー!」なんてトランペットの口真似をしたあと三白眼で僕をぐっと見据えニヤッと笑うのだが、「きみにもこのよさがわかるよね?」という付加疑問文的なこのアクションにビギナーのぼくはただただあせるばかりだった。 その後足繁く彼のアパートに遊びに行くようになったのだが、その度にチダ君は挽きたてのコーヒーでもてなしてくれた。 そうするうちに、退屈に思えたジャズミュージックも「あ、ここかっこいいかも」と思えるフレーズがわずかながら耳に入ってくるようになった。 それは海洋ほ乳類が息継ぎをしに海面に姿を見せるほどに一瞬のことで、次の瞬間には再び混沌の海の奥深くへと潜っていってしまうのだが、かっこよさに触れた様な感じがうれしかった。 少しずつ自分の好みがわかってきたのでカセットテープにいろいろと録音してもらった。チダ君はサックスプレイヤーのリーダーアルバムである場合でも参加ミュージシャンの名前を全部カセットケースに書き込んでくれた。 これはその後自分でジャズ畑を開拓していくうえで大いに役立った。ありがとう。 一般的にジャズは主題が演奏された後それを解体したアドリブ演奏が長く続き、再び主題に戻って終わるという形式である。 難解とされるアドリブに対してメロディアスで親しみやすい主題は、多くのジャズミュージシャンによって演奏される場合はスタンダードと呼ばれる。 スタンダードの解釈の仕方がすなわちミュージシャンの表現方法になる訳なるのである。 ある程度聞き込んでくると、「あ、この曲はラウンド・ミッドナイトじゃないか!」という風に曲名がわかってくる。それが楽しかった。 スタンダードはもともと歌詞のある曲が多いのだが歌詞の内容には全く興味が湧かなかったし、むしろ原曲を聴きたくなかった。 頭の中でひたすら主題のメロディーと曲名をぴたりぴたりと合わせていき、何故にこのメロディーがこの題名なのだろうかと思索することが面白かった。 もちろん主題とメロディーの関係性は歌詞を介在することによって成り立っているんだけど、その他の情報がないってのが良かったのだ。知らないよろこび。 感性でジャズを聴いていたというよりは、ある種の情報処理を行うことによってジャズを理解しようとしていたのだろう、あの頃は。 だけど、「さあこれから感性で聴くぞ!」なんてできない。情報処理を行う事によって自分にフェイントをかけたお陰か、いまは普通にジャズを聴くようになった。 といっても深いジャズの森の入り口から2、3歩足を踏み入れたくらいなんだろうな。森の大きさすら未だにわからないのだ。 ![]()
by amadylan
| 2005-03-08 04:37
| 雑記
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